叔父さんとの絶妙な思い出

うちのお父さんとその弟(私には叔父さん)のお話です。

父の実家は四国にある小さ~~な島です。(サムネはただのイメージ図です)

9月末に父は、実家で一人で暮らしている弟に会いに行く予定でした。

最初はお盆に帰郷の予定でしたが、同窓会が9月の下旬にあるとお知らせが来たので、延期したのです。

いざお盆を迎えると、ちょうど台風が直撃していたし、連日酷暑だったので「時期をずらしてよかったね」と話していました。

切符は1ヶ月前ピッタリに購入し、久しぶりの帰郷をとても楽しみにしていました。

叔父さんは、父の兄弟で唯一独り身で、島に残った人です。

父は、そんな叔父さんのことをしょっちゅう心配して気にかけていました。

島国で通信環境もよくないし(今はわからないけど、昔は携帯すらつながらなかったです)、周りもお年寄りばかりなので、PCやスマホの操作にもとても疎く、SNSも使えません。

父は耳の聞こえがとても悪いので、電話も難しいです。(補聴器を使ってクソデカ声で話せばなんとかいけますが)

連絡をこまめにとりたくても、なかなか難しい状況でした。

叔父さんは島で唯一の商店を経営していて、お店をたたむかどうかで悩んでいたそうです。

だから父は、9月末に会いに行ったら、お店のことを相談にのってあげるつもりでした。

LINEの使い方の本を買って勉強して(父もこういうのは苦手)、叔父さんのスマホにLINEを入れてあげるつもりでした。

もしお店をたたんだら、青森に遊びにくるように声をかけるつもりだったそうです。

父はここ最近ずっと熱心に、叔父さんに見せるための写真の整理をしていました。

これを見ながら酒を飲むぞ~とわくわくしていました。

そんな中、昨日の朝、叔父さんが亡くなったと連絡がきました。

詳しくはわかりませんが、自宅で突然亡くなった様子だったらしく、心臓の病気ではないかとのお話でした。

父は昨日いそいそと準備をし、9月末発だった切符の日程を変更し、今朝、ひとり実家へ帰りました。(母は体調が悪い&体力的に島まで行くのが難しいので家に残りました)

お店や実家をどうするかなどの処理もあるので、しばらくは帰って来れないだろうと、大荷物を持って出かけました。

楽しみにしていた帰郷が、突然悲しい帰郷に変わってしまいました。

昨日の日中は、割と平気そうにして準備をしていた父でしたが、夜はお酒を飲みながらしくしく泣いていました。

「台風にぶつかってでもお盆に帰らなきゃだめだった。」

「もっと早くお店のこと相談にのってあげればよかった。」

後悔の言葉をいっぱいつぶやいていました。

もうちょっとで会えたのにね…。

あんなに楽しみにしてたのに。

こんなことになるとは、誰も思ってなかったよね…。

私も一緒に行こうかと提案しましたが、何かあった時のために家にいて欲しいと言われたので、家に残りました。

昨日から、叔父さんてどんな人だったかな~と、色々考えていました。

私は親戚とは幼い子供の頃しかほぼ交流をしていなくて、西側に住んでいる父方の親戚とは特に縁が薄く、叔父さんとも数回しか会ったことがありません。

なので、残念ながら叔父さんとの思い出はほとんどありません。

父の地元も、中学生か高校生の頃にものすご~~く久しぶりに行ったのが最後です。

そして残念ながら、その時のことすらあまり記憶がありません。(もしかして記憶力おかしい…?)

だけどその時になぜか、叔父さんが私と姉に、FFⅩ-2の真エンディングを見せてくれたのはよく覚えています。(笑)

どういう経緯で見せてくれることになったのかは全く覚えてないけど、「ほらティーダ来るで!」とかなんとか、嬉しそうに見せてくれました。

当時真エンディングの内容を知らなかった私達は、すごいびっくりしながら見ていた…ような気がします。(おぼろげ)

あと叔父さんゲームするんだ…ってびっくりした気がします。

それともう一つだけ覚えていることがあって、みんなで優雅に朝ご飯を食べていた時のことです。

エアコンの利いた快適な食卓で、談笑しながらめっちゃめちゃ平和にご飯を食べていたのに、叔父さんが突然「さっきここ、ゴキちゃんが散歩しとったわ」と一言放ったせいで、その後ずっと緊張していたのをものすごく覚えています。(笑)

呑気に見送ってないで、倒してくれよ…!いらないよその報告…!!ww

椅子に座って地面に着けていた足を、スッとばれないように上げました。(怖くて)

そしてその後、確かGに会うことはありませんでした。

…と、私の中の叔父さんの思い出は、FFⅩ-2の真ENDとG散歩発言という、ものすごく微妙な2つです。

なんせ、幼少期にしか会ったことがほぼないので…全然覚えていないのです。申し訳ない。

でも、中学か高校時代に行った時の、この2つの出来事だけは覚えていて、

よくは知らないけど、おっとりした陽気なおじさんだった

という楽しい印象です。

それから、最近、島がテレビで特集されてて、叔父さんのお店も紹介されてて、ちゃっかり映ってしゃべっているのを見ました。(笑)

何十年かぶりの叔父さんの姿でした。

当然記憶の中より歳はとっていたけど、相変わらずうちの父と見た目が似ていて、「しゃべり方こんなだったね~」と、家族で笑いながら見ていました。

あのテレビ番組、ナイスなことをしてくれました。

永久保存版だなぁ。

叔父さん、思い出が少なくて申し訳ない…。だけど、ありがとうね。

お世話になりました。

叔父さんのお店のおかげで、島の人達、いっぱい助かったんじゃないかな。

いろいろと、お疲れ様でした。

今、うちの父さんが島に行くからね。

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